長距離の移動や車中泊のあと、片方のふくらはぎが腫れて痛む。あるいは、立ち上がった瞬間に息が苦しくなる。それはエコノミークラス症候群かもしれません。
名前から「飛行機のエコノミー席で起きるもの」と思われがちですが、これは誤解です。座席のクラスも、移動手段も、本質的な問題ではありません。問題は、長時間同じ姿勢で座り続けることそのものです。そして日本では、飛行機より災害時の車中泊のほうが、はるかに深刻な問題として現れてきました。
この記事では、実際のリスクがどの程度なのか、どんな人に起こりやすいのか、何をすれば防げるのかを、査読論文をもとに整理します。数字が独り歩きしやすいテーマなので、盛らずに書きます。
エコノミークラス症候群とは何か
「エコノミークラス症候群」は俗称です。医学的には旅行関連静脈血栓塞栓症(travel-related venous thromboembolism:VTE)と呼ばれます。
中身は2つの病態からなります。ひとつは、脚の深いところにある静脈に血の塊(血栓)ができる深部静脈血栓症(DVT)。もうひとつは、その血栓が剥がれて血流に乗り、肺の動脈に詰まる肺塞栓症(PE)です。前者だけなら脚の腫れや痛みで済むことが多いのですが、後者は命に関わります。
VTEは、心筋梗塞・脳卒中に次いで多い血管性の疾患として位置づけられています(Şabanoğlu C. Anatol J Cardiol. 2021)。
著者の視点:この病名は、ずっと誤解を広げてきたと思っています。「エコノミークラス」と付いているせいで、ビジネスクラスなら安全、車なら関係ない、と受け取られてしまう。実際には座席の広さより、動かない時間の長さが効いています。名前を変えたほうがいい病気の代表格だと、個人的には考えています。
実践ポイント:まず「自分は飛行機に乗らないから無関係」という前提を外してください。車・バス・新幹線、そして後で述べる車中泊。長時間座り続ける状況であれば、どれも同じ土俵にあります。
どのくらいの確率で起きるのか
ここが、数字のもっとも誇張されやすいところです。順を追って見ていきます。
まず相対的なリスク。旅行とVTEの関係を調べた研究を統合したメタ解析では、旅行をした人はしなかった人に比べてVTEのリスクが約3倍と報告されています。さらに、移動時間が2時間長くなるごとにリスクが約18%上がるという量反応関係も示されました(Chandra D, et al. Ann Intern Med. 2009)。
オランダの大規模な症例対照研究(MEGA study)でも、4時間を超える移動でリスクが約2倍になり、これは飛行機に限らず車・バス・鉄道でも同様でした(Cannegieter SC, et al. PLoS Med. 2006)。
ただし、倍率だけを見ると怖くなりすぎます。もともとの発生率が低いためです。国際機関の職員8,755人を追跡した研究では、4時間を超えるフライトのあと4週間以内に症状のあるVTEを起こす確率は、1回のフライトにつきおよそ4,600分の1と報告されています(Kuipers S, et al. PLoS Med. 2007)。1回乗るごとの確率がこの水準、という意味です。
著者の視点:「3倍」と「4,600回に1回」は、同じ現象の別の見方です。どちらか片方だけを見せるのはフェアではないと考えています。健康な人が年に数回旅行する程度なら、過度に心配する必要はありません。ただ、リスク要因が重なる人にとっては話が変わります。そこを次に見ます。
実践ポイント:健康で、リスク要因のない方が4時間程度の移動をするだけなら、水分をとって時々足を動かす。それで十分です。ストッキングまで用意する必要は必ずしもありません。
「最大10%に血栓」という数字について
この分野でよく引用される「長距離フライトで最大10%に血栓ができる」という数字があります。出典は2001年にLancetに載った試験で、予防措置なしの群116人のうち約10%に無症状のDVTが見つかった、というものです(Scurr JH, et al. Lancet. 2001)。
この数字は、そのまま一般化できません。参加者231人の小規模な試験であり、見つかったのはすべて症状のない血栓でした。その後に行われた研究をまとめたコクラン・レビューでは、ストッキングを着けなかった群の無症状DVTの割合はこれより低く、症状のあるDVT・肺塞栓症・死亡は一例も報告されていません(Clarke MJ, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2021)。
著者の視点:この「10%」は、商品の宣伝文句として使われているのを何度も見かけます。元の論文を読むと、無症状の血栓であり、規模も231人と小さい試験です。数字を大きく見せたい気持ちは分かりますが、恐怖で行動を変えさせるやり方は、結局は信頼を損なうと考えています。
実践ポイント:この手の数字を見たら、「症状のある血栓か、画像で見つけただけの血栓か」を確かめてください。両者は意味がまったく違います。
日本で本当に警戒すべきなのは、車中泊
この記事でもっとも伝えたいのが、この点です。
日本でエコノミークラス症候群が大きな問題になったのは、飛行機ではなく災害時の車中泊でした。2004年の新潟県中越地震で、車中泊をしていた被災者に深部静脈血栓症が相次いで見つかったことをきっかけに、この関連が広く認識されるようになりました。
2016年の熊本地震では、より明確な形で現れました。地震後2週間以内にVTEと診断された22人のうち19人が車中泊をしており、とくに発災後4日間に肺塞栓症で入院した7人は全員が車中泊でした(Sueta D, et al. Can J Cardiol. 2018)。発症は、発災からの数日間に集中していました。
なぜ車中泊がこれほど危険なのか。条件が重なるからです。座席は水平にならず脚を伸ばせない。トイレの心配から水分を控えてしまう。夜間も同じ姿勢が続く。そして避難生活のストレスが加わる。飛行機での数時間とは、条件の厳しさが違います。
著者の視点:看護教育に携わる立場から見て、ここは災害看護の中でも繰り返し伝えるべき点だと考えています。避難所の環境整備というと食事や衛生に目が向きがちですが、「横になれる場所を確保すること」それ自体が、命を守る医療的な介入にあたります。車中泊は一時的な選択のつもりでも、数日続けば別の危険が立ち上がってきます。
実践ポイント:やむを得ず車中泊をする場合は、トイレの心配で水分を控えないことを最優先にしてください。そして少なくとも2〜3時間に1回は車から降りて歩く。可能であれば、座席を倒して脚を伸ばせる姿勢をとる。数日に及びそうなら、車中泊以外の場所を早めに探してください。
なぜ血栓ができるのか
血栓ができる条件は、19世紀の病理学者ウィルヒョウが整理した3つの要素で説明されます。長距離移動では、この3つが同時に揃います。
① 血流の停滞 ふくらはぎの筋肉は「第二の心臓」と呼ばれ、収縮することで脚の静脈血を心臓へ押し戻しています。座り続けると、このポンプが止まります。脚の静脈に血液が滞留し、これが最も大きな要因と考えられています。
② 血液が固まりやすくなる 機内の湿度は10〜20%と、砂漠並みに低い環境です。気づかないうちに水分が失われ、血液が濃くなります。アルコールの利尿作用も、これを後押しします。
③ 血管の壁が傷つく 座席の縁が膝の裏や太ももの裏を圧迫し続けることで、血管の内側に負担がかかります。
著者の視点:3つのうち、自分で手を打てるのは①と②です。③の座席の構造はどうにもなりません。だからこそ予防の話は、足を動かすことと水分をとることに集中するのが理にかなっています。
実践ポイント:この3つのうち2つ以上が重なる状況を意識してください。長時間座る+水分を控える、という組み合わせがもっとも危険です。車中泊が問題になるのは、この組み合わせが何日も続くからです。
なりやすい人の特徴
MEGA studyでは、旅行に他のリスク要因が重なったときにリスクが大きく上がることが示されています。とくに影響が大きいと報告されたのは次の4つです(Cannegieter SC, et al. PLoS Med. 2006)。
- 第V因子ライデン変異などの血栓ができやすい体質(日本人には稀ですが、欧米では一定の頻度でみられます)
- BMIが30を超える
- 身長が190cmを超える(座席で膝裏が強く圧迫されるためと考えられています)
- 経口避妊薬(ピル)の使用
これに加えて、一般に次の方はリスクが高いとされています。
- 65歳以上
- 深部静脈血栓症・肺塞栓症の既往がある
- 妊娠中・産後
- がんの治療中
- 直近に手術や大きなけがをした
- 下肢静脈瘤がある
著者の視点:身長190cm超がリスク、という項目を意外に思われるかもしれません。ここは「特別な体質」ではなく、座席が体に合っていないという物理的な話です。逆に言えば、体格に合わない座席で長時間過ごす人は誰でも、程度の差はあれ同じ状況にあるということです。
実践ポイント:リスク要因が2つ以上重なる方は、4時間を超える移動の前に、かかりつけ医に相談しておくと安心です。とくにピルを使用中で長時間のフライトを予定している方、血栓の既往がある方は、事前の相談をおすすめします。
予防法は3つ
① 弾性ストッキング(もっとも根拠が強い)
12件のランダム化比較試験・2,918人を対象としたコクラン・レビューでは、弾性ストッキングを着用した乗客は、無症状の深部静脈血栓症が大幅に少なくなると報告されています。この結論について、エビデンスの確実性は「高い」と評価されています。予防法をめぐる議論の中では珍しく、強い根拠のある項目です(Clarke MJ, et al. Cochrane Database Syst Rev. 2021)。
同レビューでは、むくみの軽減(確実性は低い)と、表在静脈の血栓の減少(確実性は中程度)も報告されています。
ただし正直に書いておきます。これらの試験では、症状のあるDVT・肺塞栓症・死亡は、着用群にも非着用群にも一例も起きていません。「重篤な事態を防いだ」ことが証明されたわけではなく、確認されているのは「画像で見つかる無症状の血栓が減った」という段階です。
著者の視点:それでも私がストッキングを妥当だと考えるのは、不利益がほとんどないからです。効果の証明が中間段階にとどまっていても、害が小さく、費用も限られている。リスクの高い方にとっては、割に合う選択だと思います。逆に、リスク要因のない方が短時間の移動のために必ず用意すべきものではありません。
実践ポイント:選ぶなら膝下丈で、段階的に圧が変わるタイプ(足首がもっとも強く、上にいくほど弱い)を。移動の前に履き、到着まで脱がないでください。ただし閉塞性動脈硬化症など、脚の動脈の血流が悪い方には使えません。持病のある方は必ず医師に確認してください。
② 水分をとる
低湿度の環境では、気づかないうちに水分が失われます。アルコールとカフェインには利尿作用があるため、移動中の水分補給としては向きません。
著者の視点:現実には、ここがいちばん難しい。トイレに立ちにくい席、渋滞中の車、避難所。水を控える理由はいくらでもある。だからこそ先に「トイレに行ける状況」を作っておくことが、水分補給そのものより大事だと考えています。
実践ポイント:長距離移動では通路側の席を選ぶ。それだけで水分をとりやすくなります。目安は1時間あたりコップ1杯程度。喉が渇いてからでは遅いので、時間で区切って飲んでください。
③ 足を動かす
止まった筋ポンプを、意識的に動かします。
- 足首の上下運動:かかとを床につけたまま、つま先を上げ下げする。1〜2時間ごとに10〜20回
- かかとの上げ下げ:座ったままつま先立ちの動作を繰り返す
- 立って歩く:可能なら1〜2時間に1回
著者の視点:全部やろうとすると続きません。3つのうち足首の上下運動だけでも十分に意味があります。座ったまま、人目も気にせずできる。続けやすさで選ぶなら、これが最善だと思います。
実践ポイント:トイレに立つついでに、少し遠回りして歩く。習慣として組み込むと忘れません。車の場合は、休憩のたびに車外で1〜2分歩いてください。
症状が出たときの受診の目安
次の症状があれば、様子を見ずに医療機関を受診してください。
深部静脈血栓症を疑うサイン
- 片側だけのふくらはぎ〜太ももの腫れ
- 同じ側の痛み・熱感・赤みや紫色の変化
肺塞栓症を疑うサイン(緊急性が高い)
- 突然の息切れ・呼吸困難
- 胸の痛み
- 動悸・脈が速い
- 失神・意識が遠のく
見落としてはいけないのが「片側だけ」という点です。 両脚が同じようにむくんでいる場合は、長時間の座位による生理的なむくみであることが多く、性質が異なります。左右差があるときは注意してください。
肺塞栓症は、移動後数時間から数日以内に起きることが多いとされています。移動が終わって帰宅したあとに息切れが出た場合も、移動との関連を医師に伝えてください。
著者の視点:看護師として伝えたいのは、息切れを「疲れ」で片づけないでほしいということです。長距離移動や車中泊のあとの突然の息苦しさは、受診する理由として十分です。何もなければそれでいい。判断を遅らせないことのほうが、はるかに重要です。
実践ポイント:受診の際は、いつ・どのくらいの時間・どんな姿勢で移動したかを必ず伝えてください。この情報があるかないかで、医師が肺塞栓症を疑う速さが変わります。
まとめ
エコノミークラス症候群は、座席のクラスの問題ではなく、長時間動かないことの問題です。旅行によるVTEのリスクは約3倍、移動時間が2時間延びるごとに約18%上がると報告されています。ただし1回のフライトあたりの絶対リスクは約4,600分の1と低く、倍率と実数の両方を見て判断する必要があります。
日本でとくに警戒すべきなのは、災害時の車中泊です。熊本地震では、地震後2週間以内にVTEと診断された人の多くが車中泊をしていました。脚を伸ばせず、水分を控えがちで、それが何日も続く。この条件の重なりが、飛行機での数時間よりはるかに厳しい状況を作ります。
予防の柱は3つ。弾性ストッキング(リスクの高い方に)、水分補給、足首の運動。そして片側だけの脚の腫れや、突然の息切れが出たら、様子を見ずに受診してください。
医療に関する免責事項
本記事は、査読済みの学術論文をもとにした一般的な健康情報の提供を目的としており、特定の診断・治療・予防を推奨したり、医師その他の医療専門職による助言に代わるものではありません。紹介した研究は対象となる集団や状況が限られており(国際機関の職員、オランダの一般住民、被災地の住民など)、すべての方に同じ数値が当てはまるわけではありません。弾性ストッキングは、閉塞性動脈硬化症など下肢の動脈血流が低下している方には使用できない場合があります。血栓症の既往がある方、妊娠中の方、がん治療中の方、抗凝固薬を服用中の方は、移動前に必ず主治医にご相談ください。脚の腫れや息切れなどの症状がある場合は、自己判断で経過を見ず、速やかに医療機関を受診してください。本記事の情報の利用によって生じたいかなる結果についても、著者およびサイト運営者は責任を負いかねます。
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主な参考資料
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- Cannegieter SC, Doggen CJM, van Houwelingen HC, Rosendaal FR. Travel-related venous thrombosis: results from a large population-based case control study (MEGA study). PLoS Med. 2006;3(8):e307. DOI: 10.1371/journal.pmed.0030307. PMID: 16933962
- Kuipers S, Cannegieter SC, Middeldorp S, Robyn L, Büller HR, Rosendaal FR. The absolute risk of venous thrombosis after air travel: a cohort study of 8,755 employees of international organisations. PLoS Med. 2007;4(9):e290. DOI: 10.1371/journal.pmed.0040290. PMID: 17896862
- Clarke MJ, Broderick C, Hopewell S, Juszczak E, Eisinga A. Compression stockings for preventing deep vein thrombosis in airline passengers. Cochrane Database Syst Rev. 2021;4(4):CD004002. DOI: 10.1002/14651858.CD004002.pub4. PMID: 33878207
- Sueta D, Hokimoto S, Hashimoto Y, et al; Kumamoto Earthquake Thrombosis and Embolism Protection (KEEP) Project Investigators. Venous thromboembolism caused by spending a night in a vehicle after an earthquake (night in a vehicle after the 2016 Kumamoto earthquake). Can J Cardiol. 2018;34(6):813.e9-813.e10. DOI: 10.1016/j.cjca.2018.01.014. PMID: 29729882
- Scurr JH, Machin SJ, Bailey-King S, Mackie IJ, McDonald S, Smith PD. Frequency and prevention of symptomless deep-vein thrombosis in long-haul flights: a randomised trial. Lancet. 2001;357(9267):1485-1489. DOI: 10.1016/S0140-6736(00)04645-6. PMID: 11377600
- Şabanoğlu C. The secret enemy during a flight: economy class syndrome. Anatol J Cardiol. 2021;25(Suppl 1):13-17. DOI: 10.5152/AnatolJCardiol.2021.S106. PMC8412040


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