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七月に入ると、外来でも職場でも「食欲がなくて体が重い」という声が一気に増えます。私がまず確かめるのは、水分がとれているか。それからビタミンB群とたんぱく質が、食事から抜けていないか。夏バテ対策の軸は、この三つです。そうめんやアイスだけで乗り切ろうとすると、体はかえってエンジンがかからなくなります。
先に断っておくと、夏バテを「治す」特効食材はありません。研究が言えているのは、もっと地味で確かなところまでです。効くと言える部分と、正直まだ怪しい部分を分けながら、食べ方を整理していきます。
夏バテとは、そもそも何なのか
夏バテは、ひとつの病名としてきっちり定義された医学的な状態ではありません。暑さと湿度、寝苦しさ、食欲の低下が重なって生じる「だるい・食べられない・眠れない・集中できない」のゆるい総称です。背景には、汗による脱水、自律神経への負担、そして食事が糖質に偏ることによる栄養のかたよりが、たいてい同時に絡んでいます。
著者の視点:外来でよく見るのが、「食べられないからだるい、だるいからまた食べられない」というループです。ここを断つなら、まず脱水を防ぐこと、そして糖質一辺倒をやめること。細かいカロリー計算より、この二つのほうが体感が変わります。
夏バテを防ぐ食事の三本柱
柱その一:水分と電解質を切らさない
夏はまず水分です。健康な女性25名の試験では、体重のわずか約1.4%の脱水でも、気分が落ち、疲労感が増し、集中しづらくなり、頭痛まで出ています(文献1)。同じ傾向は男性26名の試験でも確認されていて、軽い脱水が気分と疲労に関係していることが示されています(文献2)。のどが渇いてから飲むのでは、もう少し遅いのです。
汗をかくと、水と一緒に塩分(ナトリウム)も抜けていきます。そこへ水だけを一気に流し込むと、体の塩分が薄まって、逆に調子を崩すこともある。水と塩は、セットで考えてください。
著者の視点:女性の試験で疲労や頭痛がはっきり出ていたのは、正直こわい結果だと思っています。家事に仕事にと動き回っている人ほど、自分の脱水には気づけません。気づいたときには、もう頭が痛い。そういうパターンが多いのです。
実践ポイント:のどの渇きを待たず、コップ一杯をこまめに。汗を大量にかいた日は、経口補水液や食事の塩分で、塩も一緒に。ただし糖尿病・高血圧・腎臓病で治療中の方は、塩分も糖分も上限があります。自己判断で増やさず、主治医の指示の範囲で(→ 糖尿病と熱中症の記事も参照)。
柱その二:エネルギー代謝を回すビタミンB群
次がビタミンB群、とくにB1です。食べた糖質をエネルギーに変えるとき、B1が補酵素として働きます。ここが足りないと、糖質をとっても燃やしきれず、だるさに傾くと考えられています。
健康な成人32名の試験では、B群を中心にビタミンEやタウリンなども合わせたサプリを28日間続けたところ、持久的な運動成績が上がり、運動後の血中乳酸やアンモニアといった疲労の指標が下がったと報告されています(文献3)。B1を高用量で使った別の試験でも、炎症性腸疾患(IBD)の患者で慢性的な疲労が軽くなったことが示されています(文献4)。
ここで一歩引きます。前者はB群以外の成分も入った高用量サプリ、後者は特定の病気の患者での結果で、どちらも普段の食事の量とは前提が違います。しかもチアミンは、IBDでは効いた一方、別の病気(原発性胆汁性胆管炎)の患者ではプラセボと差がつきませんでした(文献5)。相手によって結果が揺れるのです。もちろん、どちらも夏バテを直接調べた研究ではありません。B群が代謝に欠かせないのは確かでも、サプリをどっさり飲めば夏バテが消える、という話ではない。ここは誤解しないでください。
著者の視点:だから私は、まず食材から、と考えます。B1は豚肉に多く、大豆製品や玄米にも入っています。冷たい麺だけの昼を、豚しゃぶをのせたサラダうどんにするだけでも、糖質とB1が一緒にとれて理にかないます。
実践ポイント:豚肉・大豆製品・玄米を、一日のどこかで。麺が続くなら、豚肉や卵、納豆を「のせる」だけで十分です。サプリを使うにしても、食事を整えるのが先。持病があって薬を飲んでいる方は、高用量サプリの前に薬剤師か主治医へ(論文の範囲を超えるので、著者の視点としての注意です)。
柱その三:たんぱく質と抗疲労成分
三本目はたんぱく質。暑いと、ここが真っ先に抜けます。麺やアイスに寄って、肉・魚・卵が減るからです。たんぱく質は回復の土台なので、細ると立ち直りも遅くなります。
たんぱく源のなかで面白いのが、鶏むね肉や回遊魚に多いイミダゾールジペプチド(アンセリン・カルノシン)という成分です。健康な男性20名の小さな試験では、この成分を多く含む鶏エキスを4週間とったところ、精神的な疲労からの回復が改善したという報告があります(文献6)。
ただ、参加者は男性だけ、数も少なく、使ったのは凝縮した「エキス」です。鶏むね肉を食べれば同じ、とまでは言えません。成分としては面白い、くらいの温度で受け止めておくのがちょうどいい。
著者の視点:抗疲労成分うんぬんより、鶏むね肉の値打ちはもっと現実的なところにあります。安くて、高たんぱくで、脂質が低い。動脈硬化予防を意識する立場からも、夏の主菜として勧めやすい食材です。
実践ポイント:一食に手のひら一枚ぶんのたんぱく源(肉・魚・卵・大豆製品)を目安に。食欲がない日は、冷しゃぶ、豆腐、卵、ツナなど、火を使わず食べられるもので構いません。
具体的な食材と、その根拠
ここまでを買い物カゴに落とすと、夏に手を伸ばしたいのはこのあたりです。
豚肉はB1が豊富で、柱その二にそのまま直結します。鶏むね肉は高たんぱくで、イミダゾールジペプチドも含みます(文献6)。納豆や豆腐は、たんぱく質とB群を一度にとれて、火を使わないのも夏向き。きゅうり・トマト・なすといった夏野菜は、水分とカリウムの補給になり、汗で失うミネラルを食事から補ってくれます。大量に汗をかいた日は、経口補水液や塩分を含む食品で電解質も忘れずに。
一方で、夏バテの定番とされる「クエン酸(梅干しや酢)で疲労回復」は、ヒトでの効果を示す質の高い証拠が乏しく、いまのところエビデンス不十分と見ておくのが妥当です。食べて悪いものではありませんが、「これさえとれば回復する」とまでは期待しないほうがいい。
著者の視点:完璧な献立を組もうとすると、暑い時期ほど続きません。私がよく勧めるのは、「冷たい麺+たんぱく質を一品+汁物か水分」という崩れにくい型を、一つ持っておくこと。型さえあれば、食欲のない日でも最低ラインは回ります。
実践ポイント:迷ったら、豚肉か鶏むね肉か大豆製品を一品、夏野菜を一品、そこに水分と塩分。これを毎食ざっくり満たせれば十分です。
食事だけで終わらせない補足
食事を整えても、寝不足や冷房のかけすぎ、冷たいものの重ねすぎがあれば、だるさは抜けません。とくに冷たい飲食で胃腸が弱ると、せっかくの栄養も吸収されにくくなります。胃腸の不調が続く時期の食べ方は、別記事(梅雨の食欲不振・胃腸不調の記事)で詳しく書いています。
もう一つ。食生活のかたよりは、熱中症のリスクにもつながります。朝食を抜いて、水分も栄養も足りないまま炎天下へ——これはかなり危ない習慣です(熱中症になりやすい食生活の記事も参照)。
著者の視点:夏バテと熱中症は地続きです。「食べられない・水が足りない」の一歩先に、脱水や熱中症が待っています。食事と水分を整えるのは、その手前で踏みとどまるための土台。ただし熱中症は、食事だけで防げるものではありません。暑さを避ける、こまめに休む、水分と塩分をとる——この行動とセットで考えてください。
実践ポイント:朝食は抜かない。寝る前に冷たいものをとりすぎない。冷房で体を冷やしすぎない。当たり前のようで、ここが崩れると食事の効果も半減します。
まとめ
夏バテの食事に、奇をてらう必要はありません。水分と電解質を切らさず、糖質を燃やすB群を確保し、たんぱく質をきちんと入れる。この三本がそろえば、夏のだるさはかなり起こりにくくなります。研究がはっきり言えているのは、「軽い脱水で疲労や気分が悪くなる」「B群やたんぱく質由来の成分が疲労に関わる」あたりまで。夏バテを消す魔法の一品は、ありません。だからこそ、特別な何かより、毎食の型を整えるほうが確実です。
医療免責事項
本記事は一般的な健康情報の提供を目的としたもので、特定の治療・診断に代わるものではありません。持病のある方、服薬中の方、妊娠・授乳中の方は、食事や水分・塩分量の調整について、必ず主治医や薬剤師にご相談ください。強い倦怠感、発熱、めまい、意識のもうろうなどがある場合は、夏バテと自己判断せず医療機関を受診してください。
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【使用文献】
- Armstrong LE, Ganio MS, Casa DJ, et al. Mild dehydration affects mood in healthy young women. J Nutr. 2012;142(2):382-388.(PMID: 22190027)
- Ganio MS, Armstrong LE, Casa DJ, et al. Mild dehydration impairs cognitive performance and mood of men. Br J Nutr. 2011;106(10):1535-1543.(PMID: 21736786)
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